微小潮流
幻惑奇音譚
ジョン・レノンの思い出・・・何度目かの12月8日を迎えて
中学の卒業文集に、僕はジョン・レノンのことを書いた。「目の前がガラガラと音を立てて崩れていくのが見えた」と書いた。1981年3月の卒業だから、ジョン・レノンの事件は前年の12月8日、ということになる。
昨年、ジョージ・ハリスンが死んだときにショックはなかった。それほどファンではなかったし、以前から容態は悪いということがしきりに報道されていたから。だが、ジョン・レノンの訃報は当然、いきなりのものでショックは大きかった。
中学生だった僕は、それほどレコードに使うお金などなかったし、レコードが買えるお金があったときには、ビートルズやジョン・レノンではなく、例えば「ドアーズ」を買っていた。しかし、(今から思えば)多感な時期のこと、彼の生き方や考え方には十分に共鳴していた。ジョン・レノンの言うことは何でも正しい、と思ったし、ジョン・レノンのやったことも何でも正しい、と思った。
「ジョン・レノンはいつも孤独で、本を読んだり絵を描いたりしていた」と知れば、僕はすぐに周りと交わらなくなり、本を読み絵を描こうと思った。当然ギターを弾くようになったし反抗的になった。全部、彼の影響だった、と思う。
今でも、バカなことをした、と思ってはいない。むしろ感謝している。もし、ジョン・レノンを知らなかったら、全く違う人生を歩んだことは間違いないのだ。今でも思う、「彼が今ぐらいの年の時は、どんなことを考えていたかな?」とか。まあ、ハウス・ハズバンドだったのだが。
僕は、ジョン・レノンのマニアではない。正直言って、作曲をしていた(思わず過去形で書いてしまった)ときも彼の作風を真似たりしたことはない。だが、ロックン・ローラーとしての「生き方」に共鳴したのだ。その生き方は僕の中では「絶対」だ。でも、彼は40歳より生きることはなかったのだから、40歳を迎えたら、僕はどうすればいいのだろうか?
ところで、日本では彼の命日は「12月8日」ではない。「12月9日12時50分」である。間違ってはいけない。12月8日とは、僕の中では正しくは「ジム・モリソンの誕生日」である。ちなみに今年は生誕59周年である。
矛盾している、とは言わない!
幻惑奇音譚「ジョン・レノンの思い出・・・何度目かの12月8日を迎えて」終わり
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